SL銀河スペシャル対談

JR東日本では、新しい鉄道の未来を切り開く取り組みの一つとして、単なる移動手段ではなく、列車に乗ること自体が旅行の目的となるような魅力的な列車作りを進めています。

「POKÉMON with YOU トレイン」(2012年12月から大船渡線を中心に運行)、「TOHOKU EMOTION」(2013年10月から八戸線を運行)につづき、2014年春、いよいよ釜石線に「SL銀河」が登場します。

今般、運行開始を前に、車両のデザイン全体を担当された奥山清行さんと車内のコンテンツプロデュースをされたロジャー・パルバースさんに「SL銀河」に対する思いや、宮沢賢治のこと、そして「SL銀河」を通して旅をされるお客様に対するメッセージなどを伺いました。

─最初に、奥山さんが「SL銀河」のデザインを考えるに当たってどのようなコンセプトを立てられたのか、そのあたりからお話を伺っていきたいと思います。

奥   山
そうですね、SLが釜石線を走るということで、まず頭に浮かんだのは、岩手県の雄大な自然でした。山から谷を抜けリアス式海岸に至る沿線は、車窓から日本の自然のバラエティーを楽しめる格好の路線です。民話のふるさとといわれる遠野や、古い寺社も多く、歴史が感じられ、そこに宮沢賢治の世界観を重ね合わせながら、さまざまな要素を注ぎ込もうとすれば大変な作業になります。仕事のオファーを頂いたときの第一印象は「さあ、どうしようか」という感じでしたね。

─奥山さんは秋田新幹線のE6系をはじめ、北陸新幹線でも車両デザインの監修を手がけておられます。

奥   山
今回は「SL銀河」を、岩手の自然に加えて、賢治の世界や時代を表現する「テーマパーク」にするつもりで取りかかりました。ただ、列車は大勢の人を乗せて動くものですから、安全性の観点から規則や制限が多く、建物よりもデザインが難しいんです。客室には本物の木を使ったんですが、可燃性の材料は使えないというので、木材には燃えないようにする処理が必要だったり・・・。
パルバース
「注文の多い仕事」だったわけですね(笑)。
でも、私は奥山さんのデザインを見て、賢治の世界が見事に再現されていることを感じます。賢治の詩や童話の特徴は、時間と空間を超えて作品の中に融合しているという点にあると思うんです。普通の芸術、たとえば正岡子規が「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」と詠んだ時、それは柿を口にした時に鐘の音が響いたという、その瞬間の美を捉えているものです。ですが、賢治の描く世界には、今そこにある情景、太古の昔から現在に受け継がれてきたもの、そして遠い未来にも通じるものが含まれています。
奥山さんの今回のデザインは、そうしたことをたくさんの人が実際に見て、感じ、考えてもらうことができます。「テーマパーク」というより、列車を一種の「劇場」のようなものに変える力を持っていると感じたんです。
奥   山
なるほど、「テーマパーク」は製作者がしつらえたテーマを単純に楽しむものだけど、「劇場」は観客の一人ひとりがステージ上で演じられるパフォーマンスを、自分のものとして体験する場なんですね。
パルバース
そう、特に賢治は、決まった解釈がないタイプの作家です。
奥   山
僕自身、数十年ぶりに『銀河鉄道の夜』を読み返してみましたが、正直言って少年の頃読んだときには、難しくて何だかわかりませんでした(笑)。でもこの年になって改めて読むと、奥の深い世界であることがわかってきました。
パルバース
それは、自分というものの再発見でもあります。そして、雄大な自然に接して自分なりの美を発見することが、旅の本来の目的だとも思います。「SL銀河」は、その意味で素晴らしい体験になります。運行が始まったら、私は何回でも乗車したいと思っているんですよ。
奥   山
花巻から遠野を経て釜石までの4時間ですか。僕もぜひ、乗客としてイーハトーブを走る列車に揺られてみたい。賢治が作品に込めたメッセージと一緒に、自分自身を再発見する旅。これはかなり高レベルな旅になりそうです。

奥   山
パルバースさんは米国生まれで、ヨーロッパやオーストラリアと世界の各地で活動されてこられましたが、なぜ宮沢賢治の魅力に惹かれることになったんですか?
パルバース
初めて来日したのは昭和42年です。京都の大学で教鞭を執りましたが、美しい日本語を学ぶために勧められたのが、賢治という作家でした。それで『ざしき童子(ぼっこ)のはなし』という童話を初めて読んで感動し、花巻へ飛んで行って、当時ご存命だった賢治の弟・清六さんとも友達になりました。

─奥山さんは大学卒業後アメリカに留学して以来、ずっと海外を拠点に活躍されてきました。

パルバース
私はどこにいても海外(笑)。
奥   山
僕ももう30年近く海外暮らしですからね。実をいうと僕は、"ナマズ"と呼ばれているんですよ。生け簀にナマズを入れておくと、まわりの他の魚がビックリして生きが良くなるっていうでしょう。僕もそれと同じだっていうの(笑)。
ただ、デザインの仕事をしながら、製品が大量生産され、すぐに捨てられていくことに悩みを感じた時期もありました。ところがイタリアにいた頃に感じたのは、あの国では今から100年前に作られたものが大事にされていて、今自分が作るものは100年後にも大事にされる。そして、そういう考え方が、ごく普通の生活の中にあって、それがもの作りの根本になっているということでした。
ところが帰国してみると、日本にも古来、同じ考え方がちゃんとあったことに気づかされる。ここ数年か数十年は、日本人はそのことを忘れていますけどね。
パルバース
素晴らしいお話です。賢治の詩や童話には、たくさんの動物たちや植物、鉱物、星々といった自然界のさまざまなものが登場しますが、賢治の関心は常に自然界とのつながりを持つ人間そのものにありました。そして賢治の詩の核心は、あらゆることをよく見て、その美しさをただ美しいと感じるのではなく、科学的に解明してよく知ろうとしたことにあると思うのです。
奥   山
現代のネット社会は情報が氾濫していて、どんな情報もすぐに手に入ってわかったような気になれますが、実はどこまでが本当かわからない面があります。僕は一緒に仕事をするスタッフにも、本当のところは、自分の五感で捉えなきゃいけないと、いつも言っているんですよ。
パルバース
賢治はまた、わかったことを忘れず、そのことを実際の行動に生かすことを考えました。『雨ニモマケズ』にある「行ッテ」看病してやり「行ッテ」稲の束を負い、ということ。賢治の世界では詩と宗教、科学と自然が融合していて、それは実に21世紀的な意味を持っているということができます。
奥   山
賢治の考え方は、21世紀の今こそ必要とされているということなんでしょうね。
パルバース
私はさまざまな光を賢治ほど深く、美しく表現した人を知りません。賢治は「光の詩人」なんです。そして、風や音も、賢治作品の欠かせない要素。奥山さん、「SL銀河」にもモノやカタチだけでなく、そんな要素をもっと盛り込んでみてはいかがでしょう。
奥   山
光についてはステンドグラスを使ったり、プラネタリウムを設置するなど頭は捻っていますが、まだ新しいアイデアを加えられる余地はあったかな? 色でいえば、客車を8色の青のグラデーションで塗り分け、夜から朝をイメージしていますが、塗料メーカーさんには無理を言いました。古い時代色を出すにも、ただ昔を再現するのではなく、最新の技術で現代的に表現したかったので、僕が仕事を楽しんだ陰で、かなり苦しんだ人たちがいるんですよ(笑)。

パルバース
賢治はあらゆる現象に興味をもつ実に好奇心旺盛な人でしたが、奥山さんも同じなのではないですか?
奥   山
僕の祖父の代は山形の兼業農家でしたが、子どもの頃は田植えを手伝わされるのが嫌で嫌で(笑)、仕事を逃げ出しては拾った流木を河原の石に擦りつけて自分の好みの形になるように削っていたりしていました。思えばそんなことが、デザインらしきものの芽生えだったのかもしれません。幼い頃に田舎で目にした山並みや川の風景、夕陽や一番星の印象は僕の大事な財産になっている気がします。
パルバース
想像力が人を作る。賢治はファンタジー作家だという人がいますが、私はリアリズムの芸術家だと思います。たとえばゴッホの描いた『星月夜』だって、現実の風景ではないと思われるかもしれませんが、あの渦巻きのような空は、ゴッホの目に映ったリアルな情景そのもの。賢治の作品も、賢治が心に見た世界そのものが表現されているんだと思います。
奥   山
そうか、デザインをするとき、僕も人には見えないものを見ているのかもしれません。
パルバース
だからこそ、世界中の誰もが直感的にわかる。賢治の創造力に満ちた作品も同じですよ。賢治のことを世界中の人に知ってもらいたいし、私は世界遺産に推薦したいとも思っているんですよ(笑)。
パルバース
賢治は自然と人間をつぶさに観察しながら、未来を見つめてもいました。賢治は詩人にして科学者、芸術家、哲学者でもありましたが、そういう人がこの岩手にいたということを、みんなが感じとり、考えてほしいと思います。賢治が伝えたかったメッセージは至ってシンプル。『銀河鉄道の夜』でジョバンニたちが誓う「いいことをして幸福になろう」ということに尽きます。賢治は未来へ向けての光になる存在ですが、灯台下暗しということが、よくありますからね。
奥   山
日本人は今、頼れるものを探していると思うんです。ただ、いくらデザインしても自然には勝てないし、もちろん賢治の詩にも敵わない。SL銀河はあくまで脇役で、賢治の世界への入り口になれればいい。僕自身、今回の仕事で目指しているところが見えてきたかな、と思っているんです。

─「SL銀河」に込められた奥山さん、ロジャーさんの熱く深い思いをお聞かせいただきました。
春から釜石線を走る「SL銀河」にたくさんの方に乗っていただき、すばらしい岩手の自然や旅を通していろいろな発見をしていただければと思います。
本日は本当にすばらしいお話をありがとうございました。

プロフィール

奥山 清行(おくやま きよゆき)Ken Kiyoyuki Okuyama
工業デザイナー / KEN OKUYAMA DESIGN 代表

1959年 山形市生まれ。
ゼネラルモーターズ社(米)チーフデザイナー、ポルシェ社(独)シニアデザイナー、ピニンファリーナ社(伊)デザインディレクター、アートセンターカレッジオブデザイン(米)工業デザイン学部長を歴任。
フェラーリ エンツォ、マセラティ クアトロポルテなどの自動車やドゥカティなどのオートバイ、鉄道、船舶、建築、ロボット、テーマパーク等数多くのデザインを手がける。
2007年より KEN OKUYAMA DESIGN 代表 として、山形・東京・ロサンゼルスを拠点に、企業コンサルティング業務のほか、自身のブランドで自動車・インテリアプロダクト・眼鏡の開発から販売までを行う。
2013年4月ヤンマーホールディングス株式会社社外取締役就任。
滋慶学園 COM グループ名誉学校長、アートセンターカレッジオブデザイン客員教授、多摩美術大学客員教授、金沢美術工芸大学客員教授、山形大学工学部客員教授。『フェラーリと鉄瓶』(PHP 出版社)、『伝統の逆襲』(祥伝社)、『人生を決めた 15分 創造の 1/10000』(武田ランダムハウス ジャパン)、『100年の価値をデザインする』(PHP ビジネス新書)など著書や、講演活動も行う。
ロジャー・パルバース
作家・劇作家・演出家

1944年アメリカ生まれ、シドニー在住。作家/劇作家/演出家/元東京工業大学世界文明センター長(2013年3月で任期退官)ハーバード大学大学院ロシア地域研究所で修士号を取得。その後、ワルシャワ大学とパリ大学への留学を経て、1967年、初来日し、その後、ほぼ半世紀を日本で過ごす。その間、精力的に日本各地を旅し、日本の様々な土地の文化、風土、言語の特異性に触れ、様々な文化人との親交を深める。著書は『旅する帽子‐小説ラフカディオ・ハーン』(講談社)、『英語で読み解く賢治の世界』(岩波書店)、『もし、日本という国がなかったら』、『賢治からあなたへ 世界のすべてはつながっている』(ともに集英社インターナショナル)など多数。映画関連では、大島渚監督作品『戦場のメリークリスマス』の助監督、劇作家としては小泉堯史(たかし)監督作品『明日への遺言』(2009年テヘラン国際映画祭・脚本賞受賞)など。長年の宮沢賢治の研究や翻訳などへの功績を称えられ、2008年に宮沢賢治賞、2013年には野間文芸翻訳賞("Strong in the Rain" Bloodaxe Books,2007に対し)を受賞。
乗っちゃ王国「SL銀河」情報
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