「秋田竿燈まつり」は、真夏の病魔や邪気を払う”ねぶり流し“行事として、宝暦年間にはその原型となるものがあったといわれています。現在残っている最も古い文献には、寛政元年(1789)、津村淙庵の紀行文「雪の降る道」で、陰暦7月6日に行われたねぶり流しを紹介。この時、すでに秋田独自の風俗として伝えられており、現在のものに近い竿燈の形があったとされています。
竿燈には、長さや重さごとにグレードがあり、一番小さな「幼若」でも5m・5kg、提灯の数が24。最も大きな「大若」になると12m・50kg、提灯の数が46個と、かなりの高さと重量になります。素人には、支えるだけでも難しい竿燈。差し手は、手のひらや額、肩、腰へと自由自在に操り、観客を魅了します。各町内から参加するのが、腕自慢の差し手ばかり。当日、厳しい審査があり、優秀者が選ばれます。彼らにとってこの祭りは、地元の代表としての誇りを持ち、名誉をかけて望む舞台。そのため、熱心に練習を重ね、日々技を磨いているそうです。 |